きもち

日々の大事なことばたち

長くなりましたが

自分に甘い。
ってずっとずっとわかってたことだけど、なんとなーく、それでいっかって思ってた。べつに誰かを傷つけたり、不快にさせたりは、してないって思ってた。だから、自分勝手だった。だから、人にも甘かった。べつに他人が変なことしようが、自分勝手だろうが、心の底から怒ることはなかった。ただただどうでもよかった。自分さえ良ければよかった。
他人に対してはそれでいいかもしれない。でも、自分に対しては、それじゃあだめだ。いつか必ず付けがまわってくる。それは、ないがしろにしたその真逆のことで。今の私で言うと、お金問題。最近は自炊や弁当がやる気が出なくて、買ったり外食したりばかり。それで時間や自分のリフレッシュは得られるけれど、お金は当然なくなる。作る作業や料理、洗い物の労力、時間、をお金で買っているのだ。そりゃ当然人件費も加算されている。自分で作るよりはるかに高い。居酒屋で焼酎を飲んだり、漬物を食べたり、トマトスライスを食べたりするくらいなら、自分で作ったほうがはるかに安い。分かりきってることなのに、自分の、だるい、めんどくさい、楽したい、という欲求に、負ける。情けない。それでお金がないと嘆くのは実にかっこわるい。自分は努力を怠っているくせに、お金のなさを嘆く資格はない。
昔の収入と今は違う。昔はボーナスもあったし夜勤もしてたし実家だったしそりゃお金は使っても貯まってた。いまは違う。いまは出て行くほうがはるかに多くて貯金なんてできやしない。それを選んだのは自分。今の収入に見合った生活を、お金の使い方をしないと、そりゃ心の余裕にはつながらないって話なわけで。
余裕のある生活を体感してしまった過去は、それはそれで置いておかなきゃね。
自炊したり、節約したり、外食控えたり、若い今の自分にはこれはかなり修行なわけで、周りの同年代の実家暮らしの裕福な人らと比べては落胆して、わたしばっかり、なんて思ったって現実は変わりはしないし、少しだけど数ヶ月前の職場よりは時給が上がっているので、でもやっぱり無駄使いはしないようにしなくちゃね。

母はいつも料理を作ってくれて、外食なんてほとんどしなかったけど、それでも私は満足してたのは、母が時間を割いて、楽したい欲をこらえて、私達に母の時間を無償でくれていたからなんだなと。

きっと私は実家暮らしのままでは、いい家庭は築けなかったと思う。
いまこうやって一人で暮らして、お金のことや生活のことに苦戦しながら暮らしていくことは、意味のあることだと思う。
だから、がんばろう。
ちゃんと早起きして弁当つくろう。
ほんとは、1分でも長く寝てたいし、楽したい、でも、がんばろう。